recipenomoriの日記

海外生活長いけど、100%オーセンティック日本人アラカンの日記よ!

風の時代

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風のマグカップ

世間で騒がれてる風の時代。だから買ったマグカップじゃないのだが、ちょっとしたヒストリーがあるこのマグカップ。これは母が脳梗塞で倒れて、その半年以上たったある日に、母の住んでいたマンションの近くにあるスーパー内の百均で買ったものなのだ。今から、15年くらい前だろうか?100円だったのにかなり長持ちしている。今でも毎朝飲むコーヒーはこのカップに入っている。毎回ディッシュウォッシャーで洗ってたら、お習字風の風の文字がグレーになってしまった。真っ黒だったのにね。さすがメイド・イン、C国。笑

 

あ!言い忘れた。

 

新年あけましておめでとうございます。今年もコロナの感染には充分お気を付け、皆様が健やかにお過ごしできるようお祈りいたします。去年よりも良い年でありますように!

 

今までは、節目のイベントにブログの読者向けの記事を書かなきゃ!というスタンスでブログを書いていたが、これからはそうじゃなく、マイペースでブログ記事をかける所はないか?と思ってこちらに引っ越してきたので、その意志を貫いて、正月の三が日後の配信になった次第。私は時間を有効に使う事がテーマの様なアラカンだものね。笑

 

で、もう少しこのマグカップについて説明したい。この思い出のマグカップは、私と子供たち二人が、母の住んでいたマンションの近くにウィークリーマンションを借りた時に買ったものなのだ。毎朝飲むコーヒーのカップが無いなと思って探してた時に見つけたマグカップで、何故風にしたかというと、自分が風の宮である、てんびん座生まれだったから。笑 特に何か思って買った訳じゃないというのがお解りに成られたらそれでよし。

 

母の入所している施設を訪問するのに、それまでは母のマンションの部屋に子供達と滞在できたのだが、そこを引き払ったのでそれが出来なくなり、母が住んでいたマンションすぐ近くに、ウィークリーマンションがあるのを知ってそこに滞在したのだ。

 

母は国の生活保護を受けていた一人で、理由は特定疾患の病気の為。母曰く、この先年金を貰う事を諦めて生活保護扱いにされた方が安心して暮らせるからという事だった。また、友人にもその様にアドバイスを受けたと母は電話口で言っていた。

 

発症した時期が50代前半だったと思う。今の私の年齢より若干若かった。病名は脊髄小脳変性症といういくつかの種類に分かれる脳神経の病気だった。その生活保護のベネフィットを利用して横浜市内のマンションで一人暮らしをして3年間くらい経っていただろうか、娘が8歳の誕生日を迎えたその日に脳梗塞で倒れたのだ。私達が赴任した年の翌年の暮だった。

 

折角日本に母の孫を連れて帰って来たのにと思うと同時に、私が日本に赴任になってる時で良かったと思った。脳梗塞で半身不随になってしまって、車椅子が絶対という生活を強いられた母がいつまた脳梗塞になるのか知れないので、そこから先は子供達のお休みが入るとなるべく関西から横浜の母の施設に行くように心がけた。だが、そこから母は、施設を転々としながら車椅子の不自由な生活を14年間も続けたのだ!可哀想というか、思ってた以上に長生きしちゃた方だと思う。良い言い方すれば、よく頑張ったのだった。

 

母が亡くなってから数年経つが、やっぱり日本に赴任になって何が良かったかって、親孝行を沢山出来た事だろう。その事は神様に感謝している。海外に赴任していたならば実現できない親孝行だった。美味しい物も沢山作ってあげられたし。でも、一番残念なのは、母の作る私の大好きな筑前煮のレシピを母から貰えなかった事。母は目分量の人だったから。笑 毎年お正月が来ると母の筑前煮が食べたくなるが、自分ではその筑前煮を再現できないもどかしさを感じる。

 

そして母がまだマンションで一人暮らしをしていた時の話、子供達が今でもよく話題にする、世界一美味しいボンゴレビアンコの話。子供達を家の外に出さないと、母がストレスで死にそう(笑)だったので、金沢八景の水族館に行ったのだが、その日は休館で、どうしようかなぁと途方に暮れていたら、なんと砂浜で親子が潮干狩りをしていたのだ!

 

そうか、アサリが採れるのか!と子供達と一緒になって海水で濡れた砂浜を掘ってみたら、出てくる出てくる!アサリ!潮干狩りなどした事ない私だったが、やってみると、結構面白くって、これはいいぞ!とその場でほじくる事、2,3時間。子供達と一緒になって時間を忘れて潮干狩りをした。とても過ごしやすい気温で、海から吹く風も冷たくなく、天気も最高に良く暖かい1日だった。

 

子供というのは本当に順応性が高くって驚かされるのだが、すっかり潮干狩りモードの子供達は、何処からともなく、小さなアンパンマンのバケツと小さなプラスチックのシャベルの潮干狩りセットを拾ってきたのだ!遠くの方でアサリを掘ってる家族に、これは、あなた達のですか?って聞いて来てから使いなさい!と子供達に言ったら、素直に聞きに行ってくれた。笑 そして、ママ!あの人達のじゃないから使っていいって!って大喜びで帰って来た。

 

採ったアサリはアンパンマンのバケツ一杯になった。子供達がどうしても家に持って帰って、おばあさんに見せたいのだと言うので、そうね、アサリなら食べられるから持って帰ってみようかなと、電車に乗って母のマンションまで帰った。電車の中では活きのいいアサリがピューピュー潮を吹いて床を濡らしたのが気になったが、運よく平日の昼間だったのでお客さんが少なかったので助かった。子供達も向かいに座ってた人に話しかけられ、コレ私達が採ったんだ~!と自慢げに話していた。こんな時子供は何やっても許されるよね。笑

 

そして帰ってから、母。母は海辺育ちで魚介類には詳しい。私が、アサリの砂ってどうやって出せばいいの?という、日本でなら専業主婦失格な程の初歩的な質問に答えてくれた。海水の濃度に関しても、自分でなめてみて、もう少し塩!とプロ級なカンだった。笑 砂出しが完了したアサリを今度は私が料理するのだ。いよいよ私の出番だ。ボンゴレビアンコの材料をスーパーで買って来て準備できたので、早速夕食を作り始めた。

 

そして出来た、ボンゴレビアンコは、今まで食べた、どのボンゴレビアンコより格別に美味しかった!具が新鮮だと、こんなにも美味しいのか!と驚いたくらい。娘もあの味が忘れられないと今でも言うくらい。それくらい美味しかった。もちろん母も美味しいと喜んでくれた。親子三代連係プレーで作られたボンゴレビアンコだったからかもしれないけど。笑 こういう親孝行が出来た事を思い出させてくれるのが、このマグカップなのだ!

 

風の時代、イマイチどんな時代だか私は理解できていないが、あのボンゴレビアンコの味は永遠に不滅だな。笑