recipenomoriの日記

海外生活長いけど、100%オーセンティック日本人アラカンの日記よ!

毎日生きてるだけで学ぶ事多し

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野良猫用シェルター

そろそろ寒くなって来たので、先週からうちに餌を食べにくる野良猫用にシェルターを作った。玄関のドアのすぐ隣なので警戒してなかなか入ってくれないみたいだ。まあ、もっと寒くなれば入ってくれると思うけど、このシェルターは改良の余地ありの様だ。

 

今現在で、外に居る野良猫はこのオレンジ猫だけで、この猫を保護して管理してくれる人に譲渡し永遠に住める所を与えてあげれば、うちが保護した猫の数はシェルターから貰って来た猫を含めると、計10匹という事になる。自発的なボランティアとはいえこれも立派な経験値だろう。経験と共にこの野良ネコ達が教えてくれたことも沢山ある。

 

一番心を打たれたのは、野良猫同士が生き残るためにしてるある行動。これは野良猫保護を自らしないと解からなかっただろうと思う事で、なんと野良猫は、他の野良猫の為にいつもボールに入ってる餌を全部食べずに少し残しておくのだ。どんな量を入れてもほんの少し残している。

 

最近来なくなったので、とうとう死んでしまったか、アニマルコントロールに捕まったかと思っている猫がいた。その猫はフサフサの薄汚く汚れた毛皮をまとう、ガタイの良いオス猫で、私達がこの家に引っ越してきた時からこの辺をうろついていた。そして夜この近所を徘徊しては、窓から家の中を覗く野良猫だった。家で飼っている猫がその度大騒ぎをしていた。この白地にグレーのタビーのパッチがある猫をクッキークリームと呼んでいた。タフクッキー なのと見た目で私はこう呼ぶ事にした。

 

おそらくこの辺で一番強い野良猫だったのだと思う。当時はまだ1歳くらいの若いオス猫だった。あれから約5年。野良猫の寿命もそんなものだし、最後に見かけた時は相当具合が悪そうだったので、何処かで死んだのだろうと私は思っている。

 

そのオス猫と今うちに来て餌を貰っているオレンジの野良猫は、今とりあえずうちに居候してる猫のシスターであると思われる。そして、その居候猫のブラザーで良い飼い主のところに引き取られたオレンジと白の猫とも兄弟関係にあると思われる。そして、このオレンジはついこの前まで家で保護してた2匹の子猫のお母さん猫である。なので、うちの家族は オレンジ とか オレンジ母さん とか、お母さん とか、色んな名前で呼ばれている。そのオレンジ、野良猫界ではよくある事なのだろうけど、たぶん先に話をした、クッキークリームの実の娘だと思われる。そして、子猫達の父親がクッキークリームではないかと思ってる。

 

説明が長くなったが、何処かの国の王室の家系図じゃないけど、複雑な家系図をこの野良ネコ達は持っているのだ。それはいいとして、話を元に戻すけど、今保護しようと私が頑張ってる野良猫のオレンジは、人嫌いなクッキークリームの為にいつも1/3程の食料を残して、玄関に置いてあるベンチの上でクッキーが来るのを待っていたのだ。ほぼ毎回オレンジがその様に餌を残しておくに私は気が付いたのだ。

 

夫は西洋文化なのか、何なのか、うちの猫をアタックする薄汚い野良猫だけは同じ野良猫なのに別物扱いして餌を上げるな!いなくなればいい!というノリだったのだが、私は仏教を信じている日本人。全ての命は同じ重さ なので、クッキークリームが来る度、餌をやっていた。私に慣れることは絶対にないだろうと知っていながら餌を与え続けたが、ある時、オレンジもそうやって自分の食べれる餌を残してクッキークリームに与えてるのだって気が付いた時に、人間って猫以下なのね って例えようのない怒りと悲しみが混ざった感情が溢れでた。

 

情けないねぇ人間は。やっぱりこの世から少し人間の数が減るべきなのかもなって、何故コロナが流行するかが理解できる気がした。

 

良く、動物は人間の様な欲がないので輪廻が早い と言われてるけど、納得いく言葉だと私は思った。野良猫が悟りを開く手伝いができるのだと思ってもみなかったので、何事もまずはやってみるものだねと思うのだった。

 

今回の選挙も自然の流れでそうなったのだと、野良猫が私の耳元でコッソリ囁いた気がした。笑

 

slate.com

 

面白い記事を見つけたので貼ってみた。本当かどうかとか細かい事抜きで、文章が面白かった!大統領の側近や、トランプ家は好きじゃないから特になんとも思わないけど、やはりこの様な結末になるのが自然の流れなのだろうと思った。

 

トランプの存在+2020大統領選挙で私が学んだ事は、人の考えを曲げようとして、自分の意見の押し付けに一生懸命な人達に耳を安易に傾ける必要はなしなのだという事。そして、その様な者達に言われてすぐにああそうかとなってはいけない事。自分で調べる癖をつける事。最終的には誰もが同じ人間であるという原点に立って、親や学校生活、社会生活から学んだ自分なりの一般常識で判断し、自分が正しいと思ってる事を覆されない様にする事。言いたい輩にはどうぞご自由にと思う事。騙されない様にとかそういう意味じゃなく、人の頭の中身を変えようとする輩が、このトランプ大統領という魔物の様な人物の影響で溢れて出て来たと感じ取った私の私なりの対処法を思い付いた。

 

それによって、自分自身が大きなポジティブなエネルギーで溢れるようになったんだもの。笑 ホント、人の頭の中身なんて自分にはどうにもならない事、そんな事に一生懸命になってる暇があったら、行動して何かを変えればいい事だって気が付いた。そして、そう思う事で以前に比べてだいぶ生き易すくなったと感じている。だいたい人の頭の中身を変えようなんて烏滸がましすぎるやと反省も含めそう思った。

 

切り捨てるものを切り捨てたら、新しいものが入って来るだろうし、それはもっともっと前向きであることに間違いないと確信できるようになった。それが生きるという事なのかもしれない。過去の話はもう1年もすれば誰も話さなくなるだろうから、今ある自分の問題に早速取り組んだもの勝ちなのだと気が付いた。外野の話す話は、外野が話したいから話してるだけであるって事。そんな輩は置き去りにしてサーっと走り抜ければいいのだって気が付いた。そう思うと私の中で何かが大きく変わった。そんな4年間だった。いろんな事があったけど、それはこうなる事のプロセスに過ぎないんだと、納得。

 

そう、生きてるだけで、丸儲けなのよね!笑

 

昨日は、トランプが去ってくれるお祝いに、お料理おにいさんのリュウジさんの真似をして、ハイボール飲んで、その後ワインを飲んで気持ちよくなって、ヴァンヘイレンの動画見まくって、ヘッドホーン使って音量大にしてエディー様のギターを聴いていた。こんな事も生きてないと出来ない事。

 

しかし、ここ最近エディー様のギターが頭の中でループアラウンドして止まらないわ。笑